英語で言うところのMARCH(マーチ)
それは以前住んでいた高知でいえば”ザ・春の到来”
花見だ 酒だ とうかれてもよい時期であったが、
ここ北海道の3月には春も桜も遠かった
まだ雪一面、帯広への道のりは ”らしい雄大な景色” が続く

助手席では今朝から頑なに睡眠不足を訴えていた嫁がスヤスヤと眠っている
昨夜の寒さが余程堪えたのだろう、車の暖房も彼女の手によりフル稼働
「暑い…」
頑張りすぎの暖房がいささか不快ではあったが嫁が可哀そうでもあり
我慢した
そんな暑い車内で冬季キャンプ対策を頭にめぐらせる
まずは寝袋のバージョンアップだけど…
厳冬期のそいつはいささか値がはるんだなー
やっぱり、あれか
家にある毛布を持ち込んで対応するのが現時点での最良の策か
そうか
そうだ
昨日の寒さの原因は忘れてきた毛布だ
んー
結局は毛布かぁ…
でも生活臭をキャンプに持ち込むのがヤダなぁー
スマートじゃないよなー
しかし厳冬期対応の寝袋は高い!とケチな意見が飛び交う
頭の中で昨夜の敗因を分析するのだ
そんな堂々巡りの対策会議であったが、金銭の問題は非常に大きく
必要なのは 生活感あふれる毛布 と結論づいた
冬のキャンプ対策会議は終了
相変わらず嫁は気持ちよさそうに眠る
ヒーターも相変わらず頑張っている
「やっぱり 暑い…」
嫁に気づかれぬようヒーターのつまみをカタカタッと左へ回す
つまみは優しく”1”を差した
会議が終了し、今度は雄大な景色の連続という退屈に陥っているオレは

「あー これはすごいぞ!」
大きく声に出し目の前に広がる雄大な十勝の大地を称えてみた
それに反応した嫁
「ううー 突然、何ー」と低い唸り声
「君ー外を見たまえ、すごいぞー」とオレがやさしく声をかけると
上半身を起こし外の景色を面倒くさそうに確認後、またバタリッとリクライ
ニングに倒れこんだのであった
「いやー すごいろー」わざとさっきより大きな声で言ってみるが
助手席から
「そうやね」と明らかに”面倒です”と察しがつくような返答があっただけだった
ほんとにすごいんだがな 感動のない女だ
これぞ北海道じゃないか
そんな折にも
カーステレオから小さな声でジーン・ヴィンセント
それはこの景色にそぐわなかった
”ビーバップ ア ルーラぁ シズマぁ ベイベー”

ここはベタに
松山千春や小林旭などのジャパニーズ・シンガーが良いのだろうかと思っ
たが我がipodには収録されていない
「北国のぅ 旅のー そーらー
マイトガイ小林旭…」
退屈なオレは自分で歌ってみる

北国の旅の空
流れる雲はるか向こう
”熱き心に”を聴くと思い出す風景がある
祖母の家、近所のスナック、自分を可愛がってくれた何だかやさぐれた感がする
飲み屋のおばさん(子供心にそんな印象を持った)
いや、お姉さんと呼ぶべきだったか
朝、小学生のオレらが元気よく家を飛び出す頃、彼女はいつも気だるそうに
スナックの店先を掃除していた
はじめは夜遅くまで働いているからきっと朝がつらいんだろうと子供心に思
ったけれど
昼だろうが夜だろうが、気だるそうなところしか見たことが無いから、きっ
とそれが彼女にとってはニュートラルな状態なわけで朝が特別気だるいわけでは
ないようだった
「小林旭はええ男、あんたらもあんなええ男になりなさい」
彼女はそう言って当時流行っていたのであろう”熱き心に”の一節を口ずさんだ
「あんたら 知っちょるか?小林旭」
…
この歌の何だか不思議な高揚感と目の前を広がっていく景色

車は走る
みんな涼しい夏の北海道を褒めるがこの雪まみれの冬もいいなぁと思った
そんなこんなで
気がつけばオレが行きたいと望んだ”雪まみれのでっかい帯広”はもうすぐそこだった
つづく