33歳
いろいろな事がありましたなと思いがめぐる
あの日あの時、楽しい時、苦しい時、十代の頃だとか…
で、考えた
17歳だったあの1年、あの1日の時の流れ
それは33歳を迎えようとしているオレが感じる今この1年、
この1日と時間の流れは同じか?
そう考えると
果たしてそうだったろうか?となった

楽しい時間はあっと言う間だが、苦しい時間や退屈な時間は長く感じる
などとよく言うがあれはなんだろ?
同じ1時間であっても感じ方が違ってくる
それは過ごし方の問題で、
例えば、男と女がデートをした
男の方は女のことを心から好いている
女の方はその全く逆だったとしよう
デートをして同じ1時間を共有したのに感じ方は違うものになるだろう
男は天にも昇る気分だったかもしれないが、女にとっては退屈なデート
…
そう書いてから、嫁、友人、家族を思う
オレは皆と長い時間を共有しているが、それぞれその時間をどう感じていた、いるだろうか?
はて
話は変わって
先日のこと、85歳の誕生日のお爺さんの誕生日会に出くわした
4歳の女の子がお爺さんの似顔絵をプレゼント
ひ孫さんになるらしい
実に微笑ましい光景、お爺さんは顔をくしゃくしゃにして喜んでいる
女の子の頭を何度も撫でていた
共有する時間
1/85と1/4、そして1/33のオレ
それぞれ1年で考えてみた
お爺さんにとって1年とは1/85だが
女の子にとっての1年とは1/4
オレにとっては1/33
当人が過ごした時間の量で感覚が違ってくるはずだ
1年の感覚が違えば、その一瞬、一瞬も違う
女の子に
「あなたがあと10年もしたら…」なんて話をしてもピンとこないだろう
途方もない時間に感じるはずだ
逆にお爺さんやオレに同じ話をすれば、
「ああ、10年ね」なんて自分が過ごしてきた時間の感覚で10年を計る
1/85の物差しと1/33の物差しで
僕らは毎日違う物差しと感情で時間を計っている
そういう今も札幌の街では
知らない人達がたくさん、歩いたり、走ったり、車に乗ったりしている
肩を寄せ合い歩く若い男女の脇を急いでいるサラリーマンが走り抜けたりする
同じようで違うそれぞれの時間
ああそうか そうか
オレにはオレの時間があるし、君には君の時間がある
それは今後も続く
そして共有する
それは楽しかろうが楽しくなかろうが…
というわけで
33歳の誕生日は素直に乾杯
苦楽を共に過ごしてきた君と
もしよかったら…

んだ
了解