と今、思う
いつかの僕にもいつかの君にもあったであろう少年花火は胸を熱くさせた

「野狐禅観ようぜ」とノータリンズに痺れた僕らは言った
続けて
「野狐禅のライブ観たら また アホみたいに泣くがやないか」と友人が言ったので
「性懲りもなく泣くぜ」と友人を振りかえらず僕は言った
…
ここ一か月
友人と野狐禅でおおいに盛り上がってはいたが、地理的問題(ライブ会場まで車で
3時間もかかる)と仕事上の問題で
野狐禅高知ライブはどうやっても無理だった
無念
生きることに懸命でありたいというのは
沢山の音楽が溢れる中で
野狐禅を拾い上げた僕と友人の共通する思いであった思う
ただ 実際のところ 現在… 今を懸命に生きているかと言えば
大いに疑問符はつく
お暇があればこんな話もどうぞ
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ラベル:野狐禅
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