2013年03月24日

はじめてのナイター

高知の片田舎の少年にはプロ野球のナイターは憧れだった


ナイター中継を観ている親父に

「ぼくは野球を観に行きたい」と言ったら

「そうか、オレも行ったことがない」と言った


キラキラ輝くそれはいつもテレビの中で・・・

一度も観戦に行くことはなかった



KIRINラガービールCM 大沢たかお 「人は、人を思う」2004





 
ナイターはおろかどこへも行かんかったよ


ぼくら兄弟が子供だった頃、親父はどこへも連れてってくれんかった







2005年

親父と弟と3人が並んで座ったのは、甲子園球場の内野席

甲子園.jpg



兄弟はあの頃のように野球帽をかぶってはいないけれど…




親父の影響で阪神ファンになった1985年頃


あれは叔母に連れられて行った高知市営球場、

阪急ブレーブスとのオープン戦で買った阪神タイガースの野球帽



帰宅した兄がかぶった野球帽を見て


「ぼくも帽子ほしい」と


弟はいつも兄と同じ物を欲しがる


だが、実際に弟が買ってもらったのは

ずいぶん後になってからで、母親に頭をバリカンでかられ失敗した時だ

ひどい頭になって、毎日野球帽をかぶってた


でも、それでやっと兄弟で阪神タイガース






2005年、はじめてのナイター


カクテル光線とそれに照らされる天然芝が美しかった



ただ

ダイヤモンドには掛布もバースもいないし


試合の終盤マウンドに立っていたのは山本和でも同郷の中西でもなく、

藤川球児だった




それを

ぼくらは3人並んで観てた



おのおのがどう思ったかなんて知らない




きっと

もう、それでよかったのだな





「それでいいのだ」





今日もよく冷える


ぼくは今、札幌ドーム

この記事へのコメント
85年のことだけは忘れられませんね〜
当時僕は高校生でしたが、今でも鮮明に覚えてますよ。
Posted by マイト at 2013年03月27日 03:34
ですね!

1985年の優勝っていまだに特別な感情が個人的にあります
なんでなんでしょう?

うーん
Posted by yuzamurai at 2013年04月04日 04:32
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